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日本とユダヤのハーモニー

第11章 スメラミコトに潜む天皇家の謎〔その2〕

 古代日本史は渡来人の影響を多々受けている為、その史実をより深く理解するには古代文献を日本語の知識によって解釈するだけでなく、アジア史全体の流れを汲み取りながら諸外国の言語や文化も含め、様々な角度から検証することが大事です。特に紀元前8世紀にアジア大陸を東方へ移動開始したイスラエル民族の強い影響力は見逃せません。彼らの一部はシュメール文化の発祥の地である西アジアを経由して日本を訪れ、天皇家の歴史や大和国家の設立に深く関わったと考えられます。その際、独自の文化だけでなく、先祖の発祥の地域を囲む古代シュメール文化や様々な大陸文化も一緒に携えてきました。例えば天皇家の家紋である十六菊家紋はバビロンのイシュタル門に複数描かれており、今日でもその遺跡をイラク国内で見ることができます。また西アジアにおいては離散したイスラエルの民は遊牧民族に同化して騎馬民族となり、長い年月を経て大陸を東漸した集団も少なくなかったと考えられます。そして最終的に日本へ渡来し、古代日本の政治や宗教史を塗り替えたのです。

 さて「東の海の島々」を目指したイスラエルの先行部隊一行はアジア大陸の果てに日本列島を発見します。その結果イスラエル北王国が崩壊してからおよそ60年後、時を同じく神武天皇の即位をもって天皇家の歴史が幕を開けました。神武天皇を初めとする諸代天皇の尊称はスメラミコトと呼ばれていますが、古代バビロニアのセム語やラテン語ではシュメール(SUMER)がスメラと全く同じく発音されるため、天皇家がシュメール文化、及びその文化を列島にもたらしたイスラエルと当初から深い関わりを持っていた可能性が高いことは前述した通りです。ではスメラミコトの「ミコト」とは一体何を意味するのでしょうか?

 ごく一般的にはミコトは尊い人という意味で使われ、神話でも「ミコト」の表記に「尊」や「命」が当てられています。しかし語源に関しては学者の意見もまとまらないまま今日に至っています。例えば聖書のロゴス神学と同様に、言葉には始まりと想像力があり、神の想いが「みことば」「記命」「詔」「尊」、すなわち「ミコト」と相成ったという考え方があります。そして天皇は御言葉を祈りとして唱えられることからイノリ、またはナノリ(名乗り)の語尾を付けてミコトノリになったと解釈します。またセム語系のシリア語で皇帝の意味を持つ「MALKIOTO」という言葉が訛ってミコトになったという学説もあります。もう一つ興味深い説は「ミコト」が以前より「ミカド」、または「ミガド」と読まれていた事実に注目し、ヘブライ語で「ガド族の」という意に解釈する説です。ヘブライ語では接頭語の「ミ」は「〜に属する」という意味を持つため、天皇は国家を失ったイスラエルの12部族の一つであるガド族に属すると考える訳です。

 最も説得力がある解釈は、「ミコト」の語源を古代バビロニアのセム語で天降る者、開拓者、神のような存在を意味する「MIGUT」(ミガッド)とすることです。その「ミガド」が更に転化して「ミカド」や「ミコト」になる訳です。発音の転化に何ら違和感が無いだけでなく、「スメラミコト」の意味が大変分かり易くなります。すなわち「スメラミコト」とは人類の歴史において最も古く由緒あるシュメール文化に由来する開拓者という意味なのです。そのシュメール文化圏内にある高天原から天下ってきた渡来人こそ天皇家のルーツであり、しかも彼らが何とイスラエル人であることが「神倭伊波礼比古命」という神武天皇の表記に隠されていたのです!


(文・中島尚彦)
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