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日本とユダヤのハーモニー 囃子詞に秘められた謎

第2章
ソーラン節はヘブライ語の行進賛歌だった!
〜日本語の謎をヘブライ語で解き明かす!

 ソーラン節は日本人なら誰もが知っている有名な北海道民謡です。ヤーレン・ソーランと始まり、繰り返し歌われるこのソーラン節は、歌う人の脳裏にしっかりと残る優しい響きがあります。また唄の途中に「ドッコイショ」という掛け声も入り、これは日常会話でもよく使われている言葉だけに、その軽快なメロディーを口ずさんだことのある人は少なくありません。「チョイ ヤサエ エンヤンサー ノドッコイショ…」、どこかで一度は聞いたことがある唄です。しかしソーラン節の意味は不可解であり、今日では単なる掛け声の組み合わせにしか思われていないようですが、それは間違いです。実はソーラン節は元来、ヘブライ語の行進賛歌であり、そこには驚く程わかりやすい意味が隠されていたのです。

 まずヤーレンに注目してみましょう。ヘブライ語には「喜び歌う」という意味を持つ(reenen)の未来形として(yeranen)という言葉があります。これは普通に発音するとイェラネンとなり、それが多少訛ってほぼ同等の発音に聞こえる「ヤーレン」になったのでしょう。「ソーラン」も、それと全く同じ発音を持つ(solan)というヘブライ語があります。この言葉はソロシンガー、すなわち「一人の歌い手」を意味します。するとイェラネン・ソーランは「一人で喜び歌う!」と解釈できます。だからこそ、ソーラン節の歌詞には「沖の鴎に潮時問えば、わたしゃ立つ鳥、波に聞け」というような孤独なイメージの節が多いのです。
 「チョイ・ヤサエ・エンヤン・サー」も明らかにヘブライ語が語源です。「チョイ」のルーツはヘブライ語で「ツォイ」という発音を持つ)であり、これは「行進する」、「前進する」の意味です。また、「ヤサエ・エンヤン」は「まっすぐ目指す」という意味のヘブライ語、で、これはそのままヘブライ語の辞書にも事例としてしばしば掲載されています。そして(saar)という言葉は、ヘブライ語で「嵐」を意味する言葉です。すなわちこの囃子詞は「例え嵐が来ようとも(約束の地を目指して)真っ直ぐに進め!」という行進の掛け声だったのです。更にこの囃子言葉の最後は、「ノ・ドッコイショ」という掛け声で締めくくられます。(na)は、「お願いします!」という祈りの言葉であり、「ドッコイショ」は既に解説した通り、「神の助けによって押しのける」という意味を持っています。これらを合わせると「神の御力によって押し進んで行けますように!」という祈りの唄になります。

 もはや疑う余地はありません。ソーラン節は荒波を乗り越えて約束の地に向かう際に歌ったヘブライ賛歌であり、神の導きを信じて歩み続ける旅人が、嵐さえも恐れず、例え一人でも喜び歌いながら、神に叫び求めてひたすら前進して行く為の行進曲だったのです。これはおそらく紀元前7世紀以降、イザヤの予言に従って大陸を横断し、「東の海の島々」を捜し求めたイスラエルの民が、アジア大陸から海を渡り、日本列島を目指す時に口ずさんだ賛歌ではないでしょうか。前途に立ちはだかる様々な大自然の困難にもめげずに、神を信じて航海を続け、海を渡って約束の地へ到達することを夢みた、その喜びの唄がソーラン節です。

 


(文・中島尚彦
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