日本とユダヤのハーモニー
〜「君が代」に秘められたユダヤルーツ〜
第28章
君が代の由来 パート4(最終回)
誰もが日本語で、日本の国歌として歌ってきた「君が代」。実は日本語だけでなく、西アジアの言語であるヘブライ語でも、そのまま歌うことが出来ます。そしてヘブライ語での意味は、むしろ日本語よりも明瞭でわかりやすく、驚くことに、ユダヤ民族の信仰告白が含められていたのです。「立ち上がれ ! 神を讃えよ ! 神の選民であるシオンの民は、選民として喜べ ! 人類に救いが訪れ、神の予言が成就した。全地あまねく宣べ伝えよ ! 」。これが「君が代は、千代に八千代にさざれ石の巌となりて、苔のむすまで」のヘブライ語訳です。既に解説したように、日本古謡の「さくらさくら」も「君が代」と同様に、ヘブライ語に置き換える事が可能です。このように、日本語で読んでもヘブライ語で読んでも、きちんと意味を持つ詩は少なくありません。
このような詩が複数生まれたいきさつには枕詞と折句の背景が絡んでいたと推測され、そこには2つの言語を自由に使いこなし、言語学に精通している立役者が存在したと考えられます。該当する可能性が一番高い人物が、弘法大師・空海です。大師は遣唐使として中国に渡った際、ネストリウス派のキリスト教を学びました。語学の才能に長けていた大師故、旧約聖書を原語のヘブライ語で読む為に相当勉強されたはずです。よって、平安時代において日本語とヘブライ語を自由自在に使いこなし、尚且つヘブライ民族の宗教観を理解しうる人物像は大師以外に無いでしょう。そして2つの言語の見事なコラボレーションが実現したのです。
枕詞は万葉集に多用されており、表記通りの読みとは異なる発音で句調を整えたり、連想する事柄に結び付ける言葉の遊びとして、古くは平安時代から活用された技法です。実は枕詞という言葉自体、ヘブライ語のrwqm (makor、マコー)と (katovet、カトバ)が組み合わさった「マコーカトバ」がその語源です。前者は「ルーツ」を意味し、後者は「文書」を意味することから、元来の意味は「原文書」であったと考えられます。また、折句は別の意味の言葉を、文章や唄に織り込む言葉遊びの一種であり、枕詞と同様にその歴史はおよそ平安時代に遡ります。 これら2つの手法を用いて、一見日本語のようであっても原文はヘブライ語であり、日本語の意味とは異なる主旨の信仰告白が違和感なく、巧みに盛り込まれているハイブリッド型の詩が「君が代」です。弘法大師が、そこまでして日本語の詩とヘブライ詩を合体させたのは、単に大師が中国で学んだ聖書の教えが、当時の宗教的指導者らに受け入れられるのが困難であったからだけではないと考えます。新約聖書のヨハネ書に、「初めに言葉があり…言葉(ロゴス)は神であった」という言葉がありますが、聖書を学んだ大師にいつしか「言葉」が神であるという認識が芽生え、日本語そのものに神の民の証でもあるヘブライルーツを、ありとあらゆる手段を使って埋め込むのが自らの使命と考えたのではないでしょうか。そしてロゴスと呼ばれる言葉に神の本質を見出す鍵があることを信ずるに至りました。真言宗、及び真言密教が「真言」と呼ばれる所以であると推測します。如何にして日本という土壌でロゴスの信仰を布教しようかと考えた末、日本語の内に神の民の言葉、ヘブライ語を内在させることを思いつき、言語遊戯として広めていった結果、いつしか上手にヘブライルーツが隠蔽されたのです。
(
文・中島尚彦) |